映画を極めろ一直線女子 立花孝志VS洗脳広告代理店韓国映画のあれ 長谷川一夫の国民栄誉賞誇張譚は傑物沢村四郎五郎を公開いたしました。現代の国定忠治こと、立花孝志と映画がまさかのクロスしています。
裏側の前回記事
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ひばり関連だとこの記事が前回記事となります。
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今回のこのブログ記事は、「没後30年新解釈 無冠の女王の映画女優美空ひばりの「罪と罰」たち」と題してスタートです。
ほぼタレントの人物を俳優扱いのマス○ミ虚構
これはブログです。一部のテレビやラジオのようにゲストに来たからという番組の都合で良いことばかりや実積を誇張する行為、持ち上げることでは報道や放送の公平性が保たれません。もちろん全部ではありませんがNHKもこの公平性に逆らう行為をちょくちょく繰り返しています。
たとえばタレント活動が20年近い現実は元俳優であり、現在はほぼタレント活動の人物を現在も俳優が半分以上かのようにテレビやラジオが取り上げています。
彼は若い頃も主演の大きな代表作はなく出演作さえも代表作はほぼなく、現在はたまに流れる保険のCMやゴルフ番組、文化放送の夕方の番組、たまにのNHKのラジオ深夜便というラジオ番組などがメインの活動です。文化放送の夕方の番組、たまにのNHK深夜便ラジオでは俳優として紹介されています。これはウソなので許せません。名前は書きませんが誰かお分かりでしょうか?
前書きはここまでです。美空ひばりの映画女優としてのある意味で負の要素ともいえる部分に迫りましょう。
彼にはあえて・・・触れません。まさに罪と罰、ひばりとあの人物にも重なる、今記事の下記部分ともかけています。「時代劇の御曹司と美空ひばりの大恋愛の回避」ともかけています。
映画150作ほどの大女優の美空ひばりを何故にマスコミは女優として取り上げないのか
世の中には個性がない人は存在しません。好き嫌いは誰にでも存在します。例えば美空ひばりが嫌いな人や苦手な人も当たり前ですが存在しています。テレビやマスコミは当たり前のように日本の全ての人が彼女を好きなように過剰に取り上げます。これは非常に良くないことです。
彼女が1989年に亡くなり2019年で30年、この機会に前回の流れを踏襲して独自視点で無視されてきた彼女の実積の一部に迫ります。美空ひばりの映画スターや映画女優としての問題点にも迫りましょう。美空ひばりは今も全体が歌手だと思う人が多いでしょう。これは電波による長年の悪くいうと、公平性を失った偏った植え付けが原因です。それだけではありません。俳優としても非常に優れた女優でした。
美空ひばりは映画女優としては一言でいうと娯楽のみのいえる女優でした。デビュー当時から娯楽路線なので基本は映画賞と縁がありません。
前衛と娯楽で長期の一世を風靡した片岡千恵蔵は異例の別格ですが、尾上松之助やその流れを組む阪東妻三郎などの戦前から国民的な大スターは映画=娯楽作で活動するという固定概念が存在していたことも影響しています。
美空ひばりも子供の歌手としてデビューして歌がヒットして、いわゆるスターの仲間入り、その流れで娯楽映画への出演という自然な流れが存在していました。娯楽映画に出なければならないある種の罪と罰の一つといえるかもしれません。
美空ひばりから浮き彫りになるマスコミやメディアの決め付けてきた根本的な汚点
彼女はもちろん受賞歴はなく、まさに無冠の女王です。出演した映画もほぼ受賞歴がありません。これをマスコミやメディアが映画女優として問題があると考えているのかもしれませんが、この考えが事実だとすると映画は娯楽と芸術で形成されているものなのでマスコミやメディアに大きな問題があるといえるでしょう。
映画は娯楽も芸術も同じように半分半分に評価すべきだからです。マスコミなどのメディアは努力しているのかもしれませんが半分半分はまだまだに感じます。
映画でも活躍したことは事実なので、きちんと評価するべきだと考えています。映画女優としての120作に及ぶ、世界の戦後最多映画主演数は非常に到達不可能な実積でもあり、伊達ではありません。
何故、美空ひばりが娯楽路線で活動したのか、さらに踏み込みますと、やはり一部の気難しい文化人、映画評論家などに評価されているよりは、大衆に向き合うことが真の映画女優、スターであると考えたことが大きな理由でしょう。これに正解も不正解もありません。
彼女の目指す道が娯楽路線だったに過ぎないからです。また、美空ひばり側(名マネージャーだった実のひばりの母親やその資金があるパトロンたちなど)が当時求めた部分でもあったといえるでしょう。美空ひばりは幅広く優れた才能を持ち合わせていましたが、いうまでもなくそれだけでは活躍することができません。原石もきちんとした磨きを受けないと輝くことはありえないからです。その原石を上手に磨いた大きな功労者が美空ひばりの実の母親である名マネージャーです。
時代劇の御曹司と美空ひばりの大恋愛の回避
これは有名な話の一つですが、時代劇を形成、黄金期を牽引した超大物俳優の片岡千恵蔵の後継者的な人物とみなされていた若手の大スター中村錦之助(のちの1970年代前半から萬屋錦之介へ改名)と美空ひばりは東映時代に知り合って大きな恋愛につながる可能性がありました。
名マネージャーでもあるひばりの母親や岡田茂(当時の東映は大川博が社長だが、直接的な現場は岡田茂が掌握しており、1970年代前半から東映の社長や日本映画のドンとして絶大な権力を誇った)らの別れさせるための活動で、上手く妨げて大スター同士の恋愛は互いにダメージが少なく免れました。ここで真の意味の恋愛になっていたら互いに活躍に大きな損失が生まれていたことでしょう。互いの人気が落ちたり、東映側に大きな損益が生じていた可能性があり、本人たちの気持ちを重視するべきなのか、周囲に人間たちの仕事にも関わる活躍を重視するべきなのか難しい部分です。
娯楽と芸術路線で活躍することは映画俳優でも非常に高いレベルが求められます。芸術路線に中途半端に手をつけて外れるのだったら娯楽路線を貫いたほうが良いという考え方はあったことでしょう。美空ひばりが日本映画で黄金期を中心に過ごした東映は全体的には娯楽路線の映画が中心でした。
東映という映画会社は1950年代半の時点で創立して10年も経過しておらず、会社を大きくするために利益を得る路線の娯楽路線を中心に活動する舵を取っていました。
映画は娯楽と芸術の両輪を中心に成り立っています。日本映画の最大の黄金期といわれる7年連続観客動員8億人以上1961年を記録した1955~1961年の7年間の娯楽路線はトータル観客動員だと東映、東宝、日活、大映、松竹、新東宝の順だったと考えられ、トップは完全に東映、芸術路線では東宝、松竹、大映に次ぐ位置づけが東映、新東宝だったともいえるでしょう。とはいえ、芸術路線が強いといっても、東宝は娯楽映画をたくさん作っているなかでのどちらかといえばの位置づけです。
ちなみに松竹は『君の名』などによる1位の1955年以降は観客動員の苦戦が続き急激に低迷、1955年は東映2位、1955年から1961年の7年連続観客動員8億人以上の7年中のほとんど、1956~1961の6年連続は東映が1位、日本映画最大の黄金期といわれる7年連続観客動員8億人以上の時期は、ほぼ東映が牽引したともいえます。美空ひばりはこの時期の東映メインの映画女優兼歌手、マスコミは東映やこのこともきちんと取り上げません。
中村錦之助と美空ひばりの最後のダブル主演作となった1962年の『千姫と秀頼』。伊藤大輔、稲垣浩、衣笠貞之助と共に時代劇四大巨匠ともいわれたマキノ雅弘が文芸要素も絡めながら、非常な運命の渦に巻き込まれた有名な夫婦の恋と最後を描いています。
こちらはVHS版の『千姫と秀頼』、千姫と秀頼が抱き合う画像が使用、映画愛子的にはVHS版のほうが画像は好きです。
実はこの映画は上記見出しでも触れていますが、千姫と秀頼のように別れ別れとなった現実の元カップルの錦之助とひばりの非常の運命を踏襲、皮肉った面でも価値がある面白い作品です。互いが役柄に自分たちの気持ちを乗せています。まさに恋と仕事の罪と罰です。
今や芸術要素のある娯楽映画たちと美空ひばり
ひばりは芸術路線では活躍できなかったわけですから娯楽と芸術も映画の非常な罪と罰といえるかも知れません。
東宝はある種の海外出品作を数多く作ったというこもこのような順番が指摘される理由いえるでしょう。この理由も当時作られた空気的概念であり、今見直すと東映も多数の海外的に芸術要素があると思われる優れた作品を作っています。
数多くあるわけですが、たとえば片岡千恵蔵の4500万人以上を動員した国民的大ヒットの次郎長映画4部作も今見直すと非常に芸術要素がある娯楽映画の名作です。非常に優れた芸術要素さえある娯楽時代劇の大作の名作映画です。下記でも触れますが、ひばりも出演しています。
小津安二郎の映画と同様で当時、海外に出品しても日本らしさが理解されない、受け容れられないと当時の日本映画の海外賞レースの選定者たちに思われていただけなのです。ただ小津映画は海外賞レースと縁がありませんでしたが、運よく数十年前からフランスの著名な映画評論家に気にいられて、欧米から最初に広がっていきました。
美空ひばりも今観ると芸術的な娯楽作に出演していると感じることができます。
片岡千恵蔵主演のメガヒットシリーズの国民的な人気を博した清水の次郎長映画の4作目、1963年公開の『勢揃い東海道』に美空ひばりが出演しています。出演は4作目のみです。東映を代表する俳優たちが数多く出演したオールスター映画です。通算観客動員2億人近くを動員した千恵蔵×松田定次の大黄金コンビの最後のコンビ作、有終の美です。
片岡千恵蔵、市川右太衛門、高田浩吉、月形龍之介、大友柳太朗、中村錦之助、大川橋蔵、東千代之介、美空ひばりなどの国民的な活躍の主演映画の九大俳優、国民的には疑問符があるがかなり活躍した近衛十四郎、伏見扇太郎、最低限の活躍した尾上鯉之助
映画では大きな活躍はできていない当時の若手の里見浩太郎(現・里見浩太朗)、北大路欣也、松方弘樹(3名とも晩年は大物俳優)、ヒロイン女優の久保菜穂子、丘さとみ、桜町弘子、名優の松浦築枝(戦前の時代劇の大スター女優で戦後は脇役女優で活躍)、堺駿二、加賀邦男、河原崎長一郎など、その他の名端役が多数が集結しました。
ひばりは作品冒頭から大川橋蔵演じる吉良の仁吉(次郎長題材でも人気の役柄)の相手役のお新で登場しています。
DVD版よりもさらに雰囲気が伝わると思いますが、貴重なVHS版の『勢揃い東海道』です。
市川右太衛門も主演の扱いをされていますが、劇中では次郎長の相手役、準主役相当の事実上の2番手です。右下に美空ひばりの歯を出した顔もプリントされています。左側の赤いキャスト部分ですが、ひばりは千恵蔵、錦之助に次いで右から3番手の表記(出演女優のトップ、事実上のヒロイン的な立ち位置)をされているのがわかります。